Hiroki Tominaga – Atelier

【blog】産業のブラックボックスは何故開く必要があるのか。


産業のブラックボックスは何故開く必要があるのか。

先日ヴェトナムから Vo Trong Nghia Architectsを独立したばかりの都立大同期の丹羽から一時帰国しているとの連絡。
近所の川添さんの事務所へ移設のカフェ、”麹中”でのイベントに行くというので顔を出したのですが
そこで話をしていたのが偶然、塚本研で修論を書いた正田君で、
彼のその修論をまとめた冊子が届いたのだけど、イタリアの食の生産の周辺の風景が、絵葉書も含めてとても美しい。

内容としては、イタリアの食の加工生産の周りに発生するランドスケープと、その中の環境要素(温度、湿度、光、風)を取捨選択するエコジグとして機能する建築(加工場)、およびそれらがつくっている有機的な関係=風景についてまとめたもの。

これがとても面白くて、
テクノロジーとしてエコジグの環境制御方法がきちんと明らかにできれば、これまでとは違うロケーションで同じ生産ができたりする可能性もあるだろうし、
機械化によって失われてしまった風景も、機械がロボットみたいきわめて人間に近いものに変わっていけばまた風景を守る方法論も生まれてきそうだし。
国内外問わず事例をもっと増やせば、慣習的なスローフードをめぐる観光資源のカタログとしても機能していくし、とても可能性を感じました。
(しかし本人は大手ゼネコン設計部に行くと。好景気は優秀な人材をついばむ。)

正田君が取り組んでいるのは食のブラックボックスをオープンにすることで、自分も林業と建築の間のブラックボックスに興味を持っている人間として共感したんですが、
質疑で、川添さんがなんでブラックボックスを開く必要があるのかって本質的な質問を半ば自問自答的にしていたのがずっと引っかかっていました。
確かにブラックボックスのままの方がいいこともある。

昨日ふと思ったのは、もしかしたらスローフードでも林業でも、
人件費の高騰や、そもそもの慣習的な流通システムの不健全さなどが積もり積もって
現状の産業システムに則って需要側が価格を決めると、生産者側では全然お金が合わないみたいなことが起こっていて、
その価値転換を考える必要が今あるからじゃないのかと。

供給側のロジックで価格を決めて、それに需要をつなげる方法をシステムとして考える必要があるんじゃないでしょうか。